だいすきだから、
木の家コラム
空き家を住み継ぐ -ゲストハウスによる再生
公開日:
かつては人が住み生活が営まれていた建物も、住み手を失うと人の出入りが途絶え、窓は閉ざされ明かりが灯らなくなります。長い年月をかけて出来上がってきた通りの佇まいも、そこだけ時が止まり、やがては荒んだ印象に。
建物が空き家となる現象は、高齢化・人口減少・相続問題という日本社会の構造的問題の現れなので、一朝一夕に解決するものではありません。人口が頭打ちになってもどんどん新しい家をつくり続け、親の家を住み継がないことが当たり前になった結果の、空き家増加です。
空き家となった建物を見てみると、特定空き家と呼ばれる倒壊の危険・衛生上の有害性・景観阻害があり除却が必要とされる建物は一部で、手を入れればまだまだ使える、建物自体の寿命を迎えていない家が大半のように見えます。こういったまだまだ使える建物を、親の家を受け継ぎ暮らす流れ、若い人たちの住まいとして売買される流れ、地域に必要な施設への転用など、あらゆる柔軟な形で生かされていくことこそ、人口減少を迎えてしまった日本社会の成熟した姿に思えます。
紹介する2軒の建物は、町中の空き家を改修してゲストハウスに用途を変え、住み継ぎを果たした例です。
観光地のセンター駅に近い文化住宅をゲストハウスに
元は貸家だったと思われ同じ形の建物が並ぶ
床は伝統的工法のたたき仕上げ。
住宅が密集する街区に建つ1975年築の2階建て住宅。高齢の方の二人住まいでしたが売りに出され、ゲストハウスとするため購入されました。
間口二間、上下で12.5坪の小ささゆえ一棟貸しで、家族連れや友人グループが対象です。「京都に自分の家がある」ように感じてもらえるようなゲストハウスにしたいというのがオーナーの思いでした。静かな住宅地で近隣は古くからの住民の方が多く、ゲストハウスができることで騒々しくなり、治安が悪くなることを心配されているだろうと考えられました。地元に根差し簡易宿泊所を多く手掛ける実直な運営会社が近隣の方々との間を取り持ってくれ、地域のルールに従った運営をすることなどを丁寧に説明し、認めてもらった上で計画を進めました。
市の条例に沿い5名が宿泊できるように間取りや設備を整え、小さな坪庭もこしらえ、通りに面しては改修前の建物の面影を残しながら、風情を感じるデザインとしました。オープンして5年間概ね宿泊予約で埋まり、利用者に愛されるゲストハウスになっています。
歴史遺産建築の参道前のゲストハウス
町の食堂だった佇まいも少し感じる
その建物は国道に面し、1階で食堂を営み2階で家族が暮らすという店舗併用住宅で、1973年に建てられました。しかしすでに数十年前に廃業、長らく空き家の状態となっていました。
飛鳥時代の歴史遺産建築の参道前で観光客の目にも触れる目立つ場所のはずなのに、ひっそりとシャッターを下ろし、町の人々からも忘れられた存在になっていました。昔からこの地に憧れがあり、後に親族のゆかりの地であることを知ったオーナーが、この建物を購入。ここでもゲストハウスを始めることを決意しました。
延床で28坪と多少ゆとりある面積だったため上下別々に貸すことのできる間取りにし、併せて耐震・断熱の改修も行いました。交通量の多い国道に面して引きのない建物の工事は困難を伴いましたが、地元で信頼を得ている高い技術を持つ工務店に依頼することができ、見事に完成させることができました。
この建物をきっかけに、地元斑鳩を愛する様々な人とのつながりを持ったオーナーは、第二の故郷を得たように見えます。元は4畳半の洋間だった2階のラウンジからは、参道の先遠くに五重塔が望め、宿泊した人々から感嘆の声をもらっています。