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木の家コラム

縁台、縁側そして濡れ縁 が つなぐもの

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これほど暑くなかった半世紀以上前の夏休みの思い出です。栃木県足利市内の渡良瀬川の土手の脇に木造平屋の祖⽗⺟の家がありました。小学校の夏休みにはひと月近く泊って、田舎の暮らしをしました。朝の土手の上でのラジオ体操から始まって、川で泳ぎ、河原や原っぱ、桑畑の中を駆けまわって遊びました。夕方の雷に怯えつつ。

半世紀以上前の祖⽗⺟の家のおおよその間取り

気持ちの良い空間と言った時、真っ先に頭に浮かんでくるのが、この田舎の家のぶどう棚の下です。台所と畑の間にあって、そこに縁台が置かれていました。ちらちら木洩れ日が落ちてくる中、ランニングシャツ一枚で近所の子供達と⻄⽠を食べていると、畑から涼しい風が吹いてきて気分は最高なのでした。縁台は持ち運びのできる板張りの腰掛けで、大きいものは畳一畳位ありました。縁台将棋はもとより、花火の夜はこれを土手の上に持って行って、一杯やりながら見物しているのは我が家だけではありませんでした。

庭に面した縁側も気持ちの良い空間で、また家にとっても重要な場所でした。桧の縁甲板が張られ、毎朝の義務として子供達が糠袋で磨かされたので、靴下をはいているとツルツル滑る床でした。庭には柿の木や花木が植えられていて、ここと里芋畑の水遣りも子供たちの仕事でした。打ち水をして涼しい風を感じながら、世間話をしに庭から入ってきたお隣さんと漬物をつまみながらお茶をしていた祖⺟を思い出します。

縁側は玄関から応接間への通路を兼ねているので、茶の間との間には障子があって、来客時にはこれを閉めれば適度にプライバシーが守られます。普段は開けっ放しですが、空間としては冬場の段階的な断熱や無垢の板材が多少は蓄熱の役目を果たしていたのでしょう。雨がしとしと降る日などは軒の出が深いので、縁側に腰掛けてのんびり雨だれを眺めているのも気持ちの良いものでした。

⻄荻窪・一欅庵の縁側
和室、縁側、庭(瑞穂の家)

縁側は雨⼾も含めて建具の内側の空間ですが、濡れ縁は雨⼾の外に作られます。祖⽗⺟の家では離れの和室に取り付けられていました。縁側の床板は敷居に平行に並べて貼られているのに対して、濡れ縁は厚板が敷居に直角に配置されて庭からは木口が見えていました。
通路というよりは、上がり下りや腰掛け、雨⼾の開け閉めに利用され、意匠的な意味合いもあったように思います。

中井・林芙美子記念館の濡れ縁
バルコニーに置かれた小さな縁台(小平の家)

ここまで見てくると、縁という字が使われている縁台、縁側、濡れ縁には、外部空間(自然)と内部空間(室内=人間)を柔らかく繋ぐ装置としての働きを感じます。それも段階的に。そしてその段階に応じて、空気の質(温度、湿度)や明るさが変化し、人と人の親密度にも関係していると思いました。このような子供の頃の空間体験は人それぞれあると思いますが、果たして現在の仕事や暮らし方にどのように影響しているのか、これからも考えていきたいと思います。

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